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My name is “TENZIN THOEJUNG”

July 16, 2012

ジャンムーに一泊した後は、早朝のバスで一路ダラムサラへと向かった。ダラムサラといえば、チベット(中国)から亡命してきたダライ・ラマ14世による宗教・政治活動の拠点地。そして多くの亡命チベット難民が生活している町でもある。
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ジャンムーからダラムサラまでは途中のガガルという町でバスを乗り換える。ジャンムーからガガルまでは155INR(所要5時間)、ガガルからダラムサラまでは13INR(所要30分)、そこから旅行者の多く集まるマクロード・ガンジまではバスで10INR(所要30分)だった。
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マクロード・ガンジで泊まった宿は、ロリン・ゲストハウス。シングル一泊80INR(約110円)〜という破格の割に部屋は清潔で快適。この宿のスタッフは一見普通の格好をしたチベタンだが、実は皆チベットから亡命してきたデプン寺の僧侶らしい。どおりで礼儀正しいわけだ。
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マクロード・ガンジにはチベット人が多く住んでいるだけに、あちこちにチベット寺がある。
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日本人バックパッカーの間で有名な日本食レストラン、ルンタ(風の馬)。オーナーがチベット人で奥さんが日本人の方。美味しさは評判通りだった。
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滞在中は日替わり定食(150INR)を毎日食べに通った。写真は月曜のコロッケ定食。ご主人がベジタリアンなので肉料理がないのが残念。
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火曜は巻き寿司定食。苦手な河童巻もこの日だけは我慢して食べることができた。それだけ日本食に飢えていた。
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町の東側にはダライ・ラマ法王の公邸が建つ。その入口にはチベット博物館(入場料5INR)がある。
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博物館にはダライ・ラマ14世一行がチベット(中国)から亡命してきた経緯等が写真を交えて紹介されている。
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1959年3月、亡命したダライ・ラマ14世一行がインドに到着した当時の写真。ダライ・ラマ14世の半生を描いた映画「クンドゥン」に出てきたシーンもこんな感じだった。ひとえに亡命といっても凍える吹雪の中、何十日間もかけてヒマラヤの雪山を歩いて越えるという過酷な旅。自分にはとても想像できない。
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残念ながら今回ダラムサラでは、ダライ・ラマ法王が不在のため、お会いすることはできなかった。もし謁見のチャンスがあれば法王から直々にチベット名を授かることができるという。しかし、ダライ・ラマ法王が不在でもチベット名を授かることは可能らしい。このことはレー滞在中に会った日本人の方から聞いて知った。
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その情報を元に、法王謁見の手続き等を行なうセキュリティ・オフィスを訪ねて問い合わせてみると、ダライ・ラマ法王公邸前にあるお寺でチベット名をもらえるという。
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早速、博物館の先にあるナムギェル・ゴンパとツクラカンというチベット寺へ行ってみると、チベットのセラ寺で見たのと同じ、僧侶たちの禅問答修行が行われていた。
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近くにいた僧侶にチベット名の件を伝えると、写真右端の部屋で手続きができるという。
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中に入り窓口で“Please give me my Tibet name.”と尋ねると、おっさんが自分の机の引き出しから一枚の紙と赤い紐を取り出した。紙にはサンスクリット語で書かれたチベット名が記載されていて、補足として英語訳と名前の意味が書かれた紙をくれた。
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気になるそのチベット名は“TENZIN THOEJUNG”(テンジン・ソウジュン)。“TENZIN”とは、ダライ・ラマ14世の本名「テンジン・ギャンツォ」から頂いたもの。そして“THOEJUNG”とは「学問」や「知識」という意味らしい。に、似合わん…。
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事務所のおっさんが適当に引っ張り出してきた名前だが、これも全てダライ・ラマ法王のお導きによるもの。間接的ではあるが、名付け親は「ダライ・ラマ14世」と胸を張って言っていいらしい。ちなみに命名料はお布施形式。100ルピーをお布施として献上した。有り難や。これからはテンジン・ソウジュンとして第二の人生を歩んでいこうと思います。

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